9月1日防災の日特集9月1日防災の日特集

日本一、笑顔の多い避難所を目指して日本一、笑顔の多い避難所を目指して

アルピニスト野口健さんインタビューアルピニスト野口健さんインタビュー

地震、雷、火事、台風……災害大国・日本において、テレビの向こうの避難所はけして他人事ではありません。

そこで今回は、2016年4月14日に発生した熊本地震の避難所に「エベレストのベースキャンプを参考にしたテント村をつくる」支援を行ったアルピニスト・野口健さんに注目。日本の避難所の在り方に一石投じたその心とは・・・?

インタビュー当日はあいにくの雨模様の中、精悍な顔つきに爽やかな笑顔をたたえた野口さんが颯爽と登場。日本の避難所の現状や、50回を超えるヒマラヤ遠征の経験とノウハウを最大限に活かしたテント村でのエピソード、さらに『災害を生き抜く知恵』についてたっぷりと語ってくださいました。

▲野口健さんとココチモスタッフ。

野口健 のぐちけん

1973年、アメリカ・ボストン生まれ。植村直己の著書に感銘を受け登山を始め、25歳でエベレスト登頂に成功。当時の七大陸最高峰最年少登頂記録を打ち立てる。現在はエベレストや富士山の清掃登山のほか、東日本大震災やネパール地震、熊本地震などでアウトドアスキルを活かした災害支援活動を展開。国内外から注目を集めている。『震災が起きた後で死なないために「避難所にテント村」という選択肢』(PHP研究所)など著書多数。

さっそくですが、なぜ熊本地震の際、益城町(ましきまち)にテント村を作ろうと思ったのですか?

余震が怖くて家に入れない人が避難所に殺到し車中泊が問題になっていると聞き、前年に支援したネパール地震を思い出したのがきっかけですね。あのときも余震が多くてね。いま無事な建物もいつ倒壊するかわからず、寒い中、屋外で立ち尽くす人が大勢いたんです。そこで大型テントを寄付したところ、これが非常に役に立った。だったら熊本でもテントを活用できないか、と。車中に比べたら足を伸ばして寝られる分、テントのほうがよっぽど快適ですから。

「非常時に快適もなにも」なんていう人もいますが、命が助かったら、次は明日に向かって前に踏み出してほしい。避難生活こそゆっくり体を休め、元気をチャージできる環境じゃなくちゃ。テント村を開設した益城町には、災害時でも電気とエアコンが使える総合体育館があったんだけど、本震でメインアリーナの天井が崩落してしまったんです。本来、避難所として収容できるはずだった人数が受け入れられなくなって廊下やエントランスに寝泊まりする人や、駐車場で車中泊を重ねる人が多くいました。でもね、仮に天井が崩落しなかったとしても被災者全員はもともと入れなかったかもしれません。たとえ家が無事でもガス、電気、水道などのライフラインが止まれば、みんな避難所に行くしかない。行政が想定した収容人数など軽く上回ってしまうんです。

テントを寄付するだけでなく、テント村の運営までされたのはなぜですか?

テントだけ配布しても戸惑うのが目に見えていました。ネパールと違い、日本には“シェルパ”のような山のプロが少ないでしょう?僕と同じように災害支援に動いていた岡山県総社市の片岡市長に相談したところ、だったら野口さんがテント村を運営しては?と提案されました。テント村と聞いて、真っ先に思い浮かんだのがヒマラヤのベースキャンプ。そしてネパール地震でテントが役立ったこと。あぁ、それなら確かに僕の十八番だと(笑)。すぐさま『熊本県益城町総合運動公園でテント村をやります!』とツイッターで発信し、支援物資を集めました。

避難所よりテントで
過ごしたい人が続出しました!

写真を見るとたくさんのテントが張られていますね!

開村当初は総合運動公園のトラックコースを囲むように約100張りのテントを設置しました。円形にテントを張れば不審者が入ってきても、すぐ目につくでしょう。自分のテントの前に自家用車を停めてもらい、貴重品は車に保管。加えて運営スタッフとAMDAの医療スタッフが24時間常駐しました。AMDAというのは災害、紛争などが発生したときに、医療・衛生分野の支援を行う医療NGOで、こういう現場に医療のプロがいてくれるのは心強かったですね。テント村の治安と被災者の健康を守るため、考えられることはすべて行いました。でも僕も正直、怖かったんですよ。エベレストで自分の身を守ることはできても、数百人の命を預かるとなるとね……。

テントの反響はいかがでしたか?

はい、みなさん、ようやく足を伸ばして寝ることができると喜んでくれてうれしかったですね。特に小さな子どもを連れた家族はホッとしていました。
避難所では子どもがちょっと走り回ったり、赤ちゃんが泣いたりするだけで白い目で見られちゃうこともあるんですよ。みんな疲れているから仕方がないのですが、小さい子どものいるお父さんお母さんは生きた心地がしないでしょう。2~3日すると避難所にいた人もテント村に入れないか、と相談に来ました。

とはいえ、こっちは所詮テントですよ。屋外ですよ。避難所にはエアコンもあるし、ホントにいいんですか?と聞くと、みなさん一様にプライバシーが欲しいと言う。体育館で寝ていたら、夜中に見知らぬ男がすりよってきたという女性もいたし、他人のいびきや咳で眠れないという人も多かった。入居希望者が増えたので急遽グラウンドの中央にテントを増設し、最終的には159張り、約600人の大所帯になりました。

テント村では日中、子どもたちが走り回って遊んでいた。思いっきり体を動かすので、夜もぐっすり。
子どもたちの健やかな笑顔のおかげでテント村の雰囲気も和んだという。

日本の避難所は難民キャンプに比べても環境が良くない!?

日本の避難所の状況は随分厳しいのですね。

災害の専門家の中には「日本の避難所は紛争国の難民キャンプ以下」と言う人もいますよ。非常時だし、避難所は床に直に座って雑魚寝でも仕方ない、僕もそれが当たり前だと思っていました。でも違うんですよ。テント村を視察に来た専門家にうかがったところ、ヨーロッパの避難所は大型テントに簡易ベッドがズラリと並び、ダイニングテントでは移動調理車で作られた温かな食事がふるまわれる。洗面所付きの水洗トイレがあり、シャワールームがあるのが“標準”なんだそうです。

そうなんですか。まるでリゾート地のキャンプ場のようですね!

しかも避難所には“スフィア基準”という国際基準があるというじゃないですか!もう急いで勉強しましたよ(笑)。でもね、行政の災害担当にも知らない人がいるんですよ、スフィア基準を。確かに東日本大震災で計7カ所の避難所に寝袋を届けた際も、基準を満たしたところは一箇所もなかった。冷たい床にブルーシートを敷き、一人あたりのスペースはとても狭い。床の上に直に寝て、食事もそこでする。仕切りがなくて女性が着替えに困っても、食事が冷たい弁当ばかりでも、トイレが不衛生でも災害時だから仕方がない。日本によくある“我慢=美徳”という風潮が、避難所の進化を止めてしまったのでしょうか。それから5年後の熊本地震でも状況はまったく変わっておらず、なぜなんだ?と憤りを感じました。だからね、テント村では被災者の方にどんどん希望を言ってもらいましたよ。ワガママ言ってくださいって。

スフィア基準とはどんなものなのでしょうか?

1994年のルワンダ大虐殺時に発生した難民支援から生まれた基準だそうで、水の供給量や食事の栄養価、トイレや照明の設置数など、基本的人権を守るための条件がこと細かに決められています。基準によると一人あたりのスペースは最低3.5㎡、天井は2m、プライバシーが守られる覆いがあることが条件づけられていて、テント村は概ねこの基準を満たしていました。そのほかトイレの数は20人に1基、男女比は1:3(所要時間の違いから)などの規定もあります。難民キャンプと自然災害の避難所では若干、異なりますが、それを抜いても参考になりました。

トイレって本当に大事です
(キッパリ)

トイレ環境は本当に大事なんですが、避難所ではいまだに和式が多いんですよね。現代っ子は和式に慣れていないし、お年寄りは足腰が辛い。しかも、やっぱり汚れるんですよ、和式って。行くのが憂うつになるような汚いトイレだと、水を摂らなくなってエコノミークラス症候群のリスクが増して危険なんです。テント村では急遽、洋式仮設トイレを増設し、さらに自動ラップ式のポータブルトイレを5基寄付していただきました。これは水もいらない、臭わない、掃除の手間もかからないので本当に喜ばれました。

使用後、ボタンを押すと熱圧着によって排泄物が完全密封されて出てくるポータブルトイレ。
排泄物がラップされてポンと出てくるから、その名も「ラップポン」。

テントを建てる際に工夫されたことはありますか?

先にも話しましたが、円形に構成することとテント前に自家用車を停めて貴重品を管理すること。それから5月以降は暑さ対策として「スクリーンタープ」を導入しました。写真を見るとわかるかな。この玄関のようなスペースが後付けのタープです。山やキャンプ場では強い日差しや雨風に見舞われることもしょっちゅう。そんなときに居住スペースを守り、快適な空間を作ってくれるのがタープなんです。これのおかげでテントを寝室に、タープをリビングにと空間を使い分けられるようになった。タープ部分では火が使えるので、ガスコンロを持ちこみ、久しぶりにお母さんの手料理を味わえるようになったりと避難生活のクオリティがグッと上がりましたね。

手前がタープ。
テントの前に設置すれば、玄関や土間のようにも使える。

日本一、笑顔の多い避難所を
目指して

野口さんがこれほど避難所の快適性にこだわった理由を教えてください。

それは命に関わるからです。熊本のテント村はヒマラヤのベースキャンプをイメージして作りました。テントもヒマラヤで使っているものとまったく同じです。標高5300mのベースキャンプでは、僕をはじめ登山者はとことん快適性にこだわります。ヨーロッパの登山隊は特にそうですね。背の高いテントを個室として用意し、絨毯を敷いて簡易ベッドとソファを置いて大きな液晶テレビまで持ち込む。まるで小さなホテルです。かくいう僕のキャンプも贅沢ですよ。漆塗りの箸や茶碗を持ち込んでおでんや鍋を楽しみ、好きな日本酒をズラリと並べてご満悦です(笑)。
他の日本隊からは「野口ホテル」なんて言われるしコストも高くつきますが、必要な贅沢だと思っています。だいたいヒマラヤにおいて「贅沢は敵だ」なんて言っていたら、勝負にならないんですよ。徹底的に心身を休ませリラックスしないと、いざ山に登ったときに冷静な判断ができない。過酷な環境での長期戦では少しの疲れが命取りになる。ここはエベレストなんだ、我慢するのが当たり前だという“修行体質”の登山隊ほど事故が多いんです。

ヒマラヤのベースキャンプでくつろぐ野口さん。

ヒマラヤのベースキャンプも避難所も同じなんですね。

そうです。人間、なんだかんだいって心の比重が大きくて、ストレスが積もり積もると心筋梗塞につながったりもします。大変なときだからこそ、きちんと休まなければいけないんです。こんなことを言うとまた怒られてしまうかもしれませんが、僕は究極、避難生活も楽しむべきだと思っています。家をなくし、財産をなくし、人によっては家族をなくした状況で楽しむなんて難しいですよ。でも、だからこそ温かい食事をとってぐっすり眠らなくちゃ。避難所は窮乏生活を耐え忍ぶ場所ではなく、未来に向かって踏み出す場所であるべきなんです。テント村では“日本一笑顔の多い避難所”を目指しました。

都会っ子が心配なんです

最後に日ごろから家庭ではどんな備えをしたらいいか野口さんのお考えをお聞かせください。

「非常食や防災グッズも大切ですが、やはり“体験”でしょうね。災害時のサバイバルのような生活においてアウドドアのスキルは本当に役に立ちます。ふだんから家族でキャンプに出かけ、テントを張り、野外料理を楽しみながら、非常時のスキルを高めるのは大事です。特に都会っ子は心配なんですよね。僕が主宰している“環境学校”でも、自分の命を危機から守れない子どもが非常に多い。例えば、カヤックが転覆して頭が水に沈んでいるのに、動転して抜け出せない子もいれば、逆に本当に危ない場所にいるのに緊張感が持てない子もいます。それでも数日間の自然体験を通して小さな失敗や恐怖、凍える状況など“プチ・ピンチ”を経験していくと、少しずつ反射神経や自己防衛力が磨かれていく。落ちたらヤバイ、という緊張感が生命力を高めていくんですね。

ボーイスカウト活動などは生きる力を伸ばすのにうってつけなのですが、最近はずいぶん下火になってしまいました。ならば、家庭でやるしかないでしょう。ぜひ日ごろからアウトドアライフを楽しんでください。テントもタープもランタンも、それらを扱うスキルも災害時の大きな武器になる。日本は災害から3日……最悪でも5日間、自力で生きのびれば助けが来る可能性が非常に高い。
だからこそ、5日間を生きのびるスキルとグッズが必要ですよ。

野口さんが主宰する環境学校でのひとこま。
小さな発見と感動に目を輝かせる子どもたち。

具体的にはどのようなグッズでしょうか?

テントと家族分の寝袋と水でしょ。それから“おいしい”非常食はマストですね。乾パンやクラッカーもいいですが、食べ慣れていないし、やっぱり味気ないでしょう。僕はアマノフーズのドライフードのお味噌汁が好きで、ヒマラヤにもどっさり持っていきます。非常食をふだんの軽食やおやつを兼ねてストックし、食べたら買い足すと常に備蓄できていいですよ。災害時に食べ慣れたものがあると安心です。あとはヘッドライトやアーミーナイフ、携帯ウォシュレットがあると、なおいいかな。ただし、どれも使い慣れておかないと宝の持ち腐れですよ。この秋はぜひご家族でキャンプに出かけてみてはどうでしょう?

野口さんありがとうございました。野口さんありがとうございました。

  • インタビュー後記

    野口さんのお話を聞いて感動!母としても考えさせられました。今は、虫も触れない都会っ子の娘をボーイスカウトに参加させようと画策するココチモスタッフ・櫻井でした(ボーイスカウトには女の子も入隊できます!)

  • 近い将来、起こると想定されている首都直下型地震。グッズはあるものの実践が足りていないと実感。都心より太陽が一回り大きく見える近所の海岸に友人とキャンプに行きます!インドアなのは心だけにしようと思うココチモスタッフ・森でした。

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